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林真理子氏の美談?

20091017

宇佐美 保

 私は、毎週『週刊文春』を購入します。

でも、その中身を殆ど見ていません。

なにしろ、表紙を開いて直ぐの「原色美女図鑑」も嫌いです。

(失礼ながらどうして美女なの?と思ってしまうのですから)

そして、次のページには、『週刊文春』が林真理子氏らに提灯持ちコラム書かせた結果(?)消費期限偽装問題から復活した(?)「赤福」の見開きのカラー広告が載ってたりします。

(この件は拙文《賞味期限切れの日本人(1》などをご参照下さい)

 

 それに、他のコラムなど殆ど読みません。

林真理子氏は「夜更けのなわとび」を連載されていますが、うっかり読んでしまうと憂鬱になります。

 

 例えば、2009.10.15号の「ペットショップ禁止」には次のように書かれています。

 

 

 犬を飼い始めて、わかったことがいくつかある。

 それは、犬を飼っている人が、なんと多いか、ということだ。今日は朝から雨が降っていたため、小さな駅のコンコースは、犬たちの散歩道と化した。少しでも雨を避けるため、レインコートを着た犬たちが、ひっきりなしに通る。なんだかいい光景だ

 

 

 犬が雨を避けるため「小さな駅のコンコースは、犬たちの散歩道と化した」が、どうして「なんだかいい光景だ」なのでしょうか!?

雨が降っていても、犬は自然の中の散歩が好きなのではありませんか!?

 

 

 更には次のように続けられています。

 

 

 それとは反対に、犬を飼うと余計なものが目に入ってくる。今まで足を踏み入れなかったペットショップに行き、こまごまとしたものを買う。するとつい目が合ってしまうのが、ケースの中のペットたちだ。仔犬や仔ネコならいいのだが、売れ残って大きくなった彼らを見るのはつらい。胸がしめつけられるようだ

 

 

 林氏は「売れ残って大きくなった彼らを見るのはつらい。胸がしめつけられるようだ」の結果、トイプードルの一匹を、夫婦揃って大の犬好きのイトコが「死んだ時のつらさを思い出すと、もう飼いたくない」というのを強引に押しつけてきた。しかし三日後行ったら、青い首輪をつけてもらい、可愛い名前も貰って、すっかりイトコの家のコになっていた。夫婦でネコっかわいがりしていることに安心した

 

 

 と書かれています。

おかしいですよね。

誰だって、犬を押し付けられて置いて行かれたら「もう飼いたくない」の思いを押し堪えて「ネコっかわいがり」もする筈です。

 

(ワンちゃん(雑種)との2度の、はるか昔の、悲しい別れを思い出すたびに、そして、2匹(2人?)の顔を思い出すたびに、もう絶対ワンちゃんを飼うまいぞ!と心に誓う私ですら、今又、ワンちゃんを押し付けられたら、辛くなる事が分かっていても(ワンちゃんの心情を思えば、迷惑だとも思わずに)「ネコっかわいがり」するでしょう)

 

 

 更に、

ペットショップで“「私をなんとかして……おうちに連れていって」と、ずっと訴えているのである”と林氏が感じられた、売れ残っている七ケ月で十七キロのゴールデン・リトリバー(林氏が購入)を高知の旅館のご主人に飼って頂くことを承諾させた(その人はとまどっていたようであるが、奥さんに電話して聞いたところ、オーケーということであった)ものの、“航空会社に問い合わせたところ、貨物扱いで、高知空港まで運んでくれることがわかった。が、それはやはりしのびない”と、宿泊費も飛行機代も払うことで大学生の姪っ子に、友だちと二人で、急きょ取り寄せて買った十七キロの犬を入れるケージに入れて高知まで運んで貰った


(上記は、私が林氏の原文を短く纏めましたが、この美談ぶりはコラム本体には更に感激的に綴られています)

 

 

 そして今日、ケージ代、リード、ペットシートもろ.もろの請求書が……

「ハヤシさん、もう二度とペットショップには行かないでください」

 ハタケヤマが冷たく言いはなつ。

が、まだかわいい柴犬がケースの中に残っている……。

 

 

とコラムを結んでいます。

まだかわいい柴犬がケースの中に残っている……」と書かれるのなら、林氏に日本中のペットショップを行脚して頂き、ペットショップのケースに押し込められている(?)ワンちゃんたち全てを救って欲しいものです。

でも、いくら林氏が御金持ちでも、無理な話でしょう。

 

 というよりも、

可愛い可哀相なワンちゃん達をケースに押し込んで、売買する現状こそが問題なのだと存じます。

 

 

 私が子供の頃は、どの家も(どの友達も)飼っている犬は、殆ど皆「雑種」でした。私が知っている、たった一匹の「雑種」君は、ご近所で飼われているワンちゃんだけです。

なにしろ、街中を散歩されているワンちゃん達の鎖(今は、リード?)を握っているご主人に尋ねますと、林氏がペットショップで救われた「トイプードル」とか「ゴールデン・リトリバー」とか皆、立派な「犬種」を答えて下さいます。

(その可愛いワンちゃん達は、私の手をペロペロなめてくれます)

そして、ワンちゃんと散歩しているお子さんの姿を見かける事は殆どありません。

 

 

 このような状態で、

お子さんが親御さんに“ワンちゃん飼って!?”とおねだり出来るでしょうか?

(『ビッグイシュー121号(2009615日)』は、日本に於いて、2004年で子どもの約7人に1人が貧困、母子世帯の貧困率が66%、尚、貧困の基準は世帯所得が国民の平均所得の50%以下と教えてくれます)

 

 或るお寿司屋さんの店長は、御父さんにおねだりして捨て犬を(最初はこっそりと)飼う事が出来た九州の離れ小島での子供時代のワンちゃんとの触れ合いを語ってくれました。

 

 店長さんは、学校から帰ると直ぐ、夕飯時まで、浜辺などで砂まみれになったりと、じゃれあってワンちゃんと遊んでいたそうです。

ワンちゃんは店長さんだけになついている状態だったそうです。

でも、店長さんは東京(でしたかしら)へ行き修行する為、ワンちゃんと悲しい別れをしたそうです。

そして、数年後、店長さんが島に帰ると、“ワンちゃんは店長さんを待って、毎日泣いていたが、或る時以来、ワンちゃんは、ご主人様がいなくなった悲しみで、姿を消して死んでしまった”と聞かされたと、涙顔で語ってくれました。

 

 私は、林さんの美談よりも、この店長さんのお話に感激しますし、林さんのご恩を受けたワンちゃんよりも、悲しい別れをしたとはいえ、店長さんと砂まみれになり転げ回って遊んだワンちゃんの方が幸せだったのでは?と思うのです。

 

 

 更には、拙文《小雪さんの美談》に続けさせて頂きます。

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